こんばんわ、あおきです。
8/30 No.892における武藤様の貴重なご意見をお伺いし、自分はこれに
反論いたします。尚、表題は「武藤 弘徳 様」になっておりますが、武藤
様を個人攻撃するつもりはございません。武藤様と同様の意見を述べら
れている方は以前からいらっしゃいますので、自分の中でもう一度整理し
、武藤様だけでなくみなさまに自分なりの意見を述べてみようと思います。

まず、バイク窃盗とその結果としての「死」ということですが、これは一般論
としての自分の意見はNo.850をご参照下さいませ。
そして、一般論ではなくここでの友樹君の事件においてはバイク窃盗とリン
チ行為は関係が無いように思います。バイク窃盗という事実は単なる口実
でしょう。その事はコンビニに呼び出されて自白、その後の当事者本人から
の1発目の暴行で終わっていると思います。加害者グループのエスカレート
する暴行は、単なる破壊衝動と自分は思います。バイク窃盗の件は口実で
自分たちの欲求のはけ口が本音ではないでしょうか?
また暴行を受けた結果、運悪く死に至った、とのご意見でありますが、これは
いかがなものでしょう?
加害少年達の殺意はほとんど明白と言っても良いのではないでしょうか?
普通、供述に見られる凄惨な暴行を加えれば、被害者が死に至るというのは
小学生でも十分予測ができると思います。前文で自分が指摘しました「破壊衝
動」ですが、どす黒く突き上げる欲求に理性を失っていた可能性も否定できま
せんけどね。それでも深層心理として少年法は意識していた可能性もまた否
定できません。経過は短絡的ですが、凶悪です。
尚、故人の犯罪についてはあえて触れません。
このことから逃げるわけではありません。
視点をぼかすわけでもありません。
前述のように、盗難の件と暴行とは関係が無いというのが理由です。
それ以上に人として死者に鞭打つ真似はしたくありません。

「加害者もある意味被害者」というのはあるかもしれません。
犯人達の姿が見えない現状ですので全く判断材料が乏しいのですが、このよう
な凶悪犯罪を犯してしまう者は、往々にして劣悪な環境下におかれているケー
スがありますから。この点が現在おもな論争の対象である少年法のあり方であ
ると思います。自分は法律の専門家ではありませんので、今は保留とさせてい
ただきます。もっと勉強して、自分なりの意見がまとまったところで、ここか掲示
板にて意見しようと思っております。

最後にこのホームページのあり方ですが、現状としてはベストと思います。
自分のような若輩者が、飯島様がどのようなお気持ちで作られたのかは理解で
きるなどと言えたものではございません。
しかし、現実として、このように多くの方がこの難しい問題をわが事のように考え
、命の意味をつきつけられているのです。本当に素晴らしい機会を授けてくださ
った飯島様にはただ頭が下がる思いであります。
この先、このHPがどのように成長していくかは、おそらく我々にあると思うのです。
”やるだけ無駄”
”現代日本の構造が変わるわけが無い”
”国民不在の政治に声は届かない”
など、否定的な意見も散見できます。
それは違うと思います。
「できないからやらない」のではなく「やらないからできない」のです。
どうなるかはわからなくて当たり前です。
とにかく踏み出す事です。
失敗したらそれは次の成功の鍵になります。
みんなで色んな意見を出し合い、みんなで悩み、解決の糸口を見つけるのが議
論です。いまここで行われている議論は決して無意味なものではないと信じてお
ります。
それと、以前どなたかがおっしゃっていました「同情はすべき」ですが、自分も同
じ意見です。少し前のTVドラマの影響でしょうか、同情という行為が蔑まれている
ように思います。自分もこのHPを訪れるまでは同情という行為を見下しておりま
した。しかし、気になったので辞書で調べてみますと
『他人の苦しみ・悲しみ・不幸などを同じように感じ、思いやり・いたわりの心をも
つこと。かわいそうに思うこと』
と、あります。
現代の日本人が置き忘れているのは、もしかするとこの「同情心」なのではない
でしょうか?凶悪犯(少年に限らず)にこのような心が芽生えれば、と思った次第
です。そしてこのHPのキーワードなのかもしれません。
同情し、わが事として捉え、それから何をなすべきか。
その対応は一人一人違って当たり前です。
ぼくはこのHPに出会い、感謝しております。
飯島京子様に、友樹君に。
以上です。

尚、文中にお気に障ります表現がありましたら、何卒ご容赦下さいませ。



あおき