初めまして、突然のメールのご無礼をお許しください。私は34歳の独身女性です。独身ですが、身近に甥と姪がおり、また甥の友達がいて、その子達に接することも多く、自然と情も生まれ、子供に向ける親の情とは・・・とふと考えさせられることがあります。私の弟が、いじめではないのですが、もう7年前になります。交通事故にあいまして、相手はタクシーでした。弟は仕事帰りの道、横断歩道が青になって渡り始めたときでした。その時、弟は生死の境をさまよいました。母は一晩で髪が真っ白になりましたし、父は狭心症の発作を起こしました。曲がり角で、タクシーの前方不注意というよりも、目撃者が少なかったことと長年のベテラン運転手ということで、弟が何も云えない間に、弟が不利な状況になっていました。私は慌てて、警察に事実の再調査を依頼しましたが、生きてるからいいでしょう、とすげなく云われた事今でも忘れません。弟はその怪我がもとで、仕事も辞め、エンジニアの仕事は無理と医者から云われて、今ではスーパーの店員をしています。補償という形で保険からいくらかのお金は来ましたが、その時も警察の人の言い方は、死ねばね千万単位だけどさ、生きてたから十万単位だよ、と、どういった気持ちでおっしゃられたか、今でも不愉快な思いは残ってます。私は、先にも書いた通り独身の女ですが、時折、甥や姪を見ていて、あぁ私がこのくらいの年のころ、お母さんがこんなことを思ったのかな、と思うときがあります。独身の私ですらそう思うのに、警察の人達は、人の親の気持ちを持ってるのだろうか、と、お宅様の事件の報道の時も思いましたし、先般、週刊誌を読んでいて、栃木の事件のことが記載されていて、警察幹部が被害者の遺族に、あなたが身内が可愛いように警察も身内が可愛いんだよ、と記載されているのを見て、可愛い意味が違う、と一人で怒りを覚えたものでした。私は法律にはうといのですが、少年法というのは、たとえば暴走行為やってスピード違反で何度もつかまって、このまま放置しておけば、人身事故を起こしかねない、そのためにも更正させねば、というようなものじゃないかと思うのです。友達の子が現在15歳です。男の子です。先日、笑いながら、冗談を言い合ってた時笑いながら、おばちゃん、やだよって冗談で叩いたとき、私は、叩かれた腕をさすりさすり友達に、15歳の男の子の力って強いね、あれが本気で喧嘩になって殴るとなったら、凶器だね、と話したものでした。14歳、いえ、この頃の子は私達世代の子供時代より情報もはるかに豊富で色々な知恵もついてます。昔の14歳とは違います。人をあやめる、その行為がいかなるものか判断できないような人間に果たしてほんの数年で更正できるとはとても思えません。このHPはDIONの掲示板で見まして、それでアクセスさせていただきました。パソコンがまったくダメな我が家の母は私の横からいつものぞいていて、このHPに早く移動して、と言って、母と二人で読みました。母は、母親ってね幾つになっても母親なんだよ、たとえ子供に孫が出来たって母親なんだよ、どんなにボケても老いてもわが子を忘れることのできないのが母親なんだよ。犯人のやつらは、人間じゃない、私はそう思うよ、母はそう云って、今夜は休みました。母は私を産む前に一人流産していまして、今でもあの子が生まれてたらね、といいます。少年の事件がおきるたびに、何かしら涙がでます。少し話が違うのですが、今年の6月に知り合いの方、もう75歳になられてた方だったのですが、その方がお亡くなりになられて、今年初盆だったのですけど、お孫さんが一人いらして、初盆まいりに行った時、その幼稚園のお孫さんが、あのね、おばちゃま、じいちゃまはりセットのスイッチが無かったの、だから、奈絵のところにもう一度でて来てくれないの、と涙ながらに幼稚園のお孫さんが言うんです、すると、その子のお母さんが、リセットできるのはゲームだけ。人間は決してリセットなんてで出来ないのよ、といわれたら、5歳の女の子は目に涙を一杯ためて、そうなの、と泣いてました。5歳の子ならいざ知らず、中学も高校もまた社会に出るようになった年齢の人間が人の命をゲームか何かのように危めてしまう、それを実名も報道されず、やっぱりおかしいです。亡くなった人は何も言えない、だからこそ、亡くなった人の権利こそ尊重されるべきではないか、と私は思います。長々と大変失礼しました。飯島様、お体だけは大事にされてください。そして、このHP頑張ってください。