MKと申します
あえて名前を隠す必要はないのですが。
HP見させていただきました。仕事柄、家でテレビなどを見る時間も少なく新聞で見る限りの情報しか知りませ
んでした。
暴力の問題は今に始まったことではなく、大分昔からありますが、昔はその限度をやはり分かっていたように思
います。人を傷つけること、人を死にいたらしめることは、やはりどこか躊躇した部分もありなお且つ、暴力へ
の慣れもあり限度を分かっていたように感じています。
人から暴力を受けていればそれがどの程度のものであるかという実体験ができますが、それを受けたことが無い
人間にとっては、これはどれほどのことか分かりません。そして無抵抗のものや弱いもの、多勢で少数をなど
は、どちらかといえば恥ずべき行為であり、そういったことを恥ずかしいと感じなされなかったようにも思いま
す。
今回お子さんがお亡くなりになったことに関してみても、暴力を振るいたくてそれを実行したが自分自身は暴力
を振るわれたくないということから、凶器である金属バットを用いたのでしょう。
素手に対して、これらの凶器を持ち出すのは、卑怯というほか言いようが無いわけですが、力の論理を持ち出す
方にはよりすごい凶器で対抗しなければとなり数多くの人が今度はナイフを持つなどして、さらに状況は悪くな
るばかりです。
これをどうするか、これをどうにかせねば、お子さんも浮かばれることはありません。
確かに少年法の問題は大きいです。
しかも少年法をたてにしてこうどうするなどはもってのほかです。
年齢で更正できるのかどうか?それではどんな更正のさせかたを考えているのか?
まったく明確ではありません。
さらに警察の対応。たしかに些細なことではあっても警察は被害者へ対する対応は良くありません。力のあるも
のに対しては滅法弱いのも事実です。そうしたことに対しては、我々は抗議すべきであり、さらには国の対応に
関しても少年法の問題を議席数の問題などで先延ばしにするなど、自分達の役割をまっとうしない輩ばかりとい
う感じています。
俺は、小学生の時にいじめを受けました。もう30年以上前です。そのころだってあったんです。最近の子供に
限ったことではありません。やはり先生は何もしてくれませんでした。親にも相談しませんでした。一人でじっ
と耐え、20人対1人のけんかをして大敗し、それでいじめが無くなったのです。しかし、その後も今度は別に
ターゲットを替えて又始まろうとしていました。
俺はそれには、参加せず、そういったターゲットの子とも遊びました。そういった集団意識というものが俺には
それ以来なじめないでいます。その後もやはり暴力にあったりということはありましたが、暴力を振るわれるこ
とで、自分は意味の無い暴力は絶対にやらないという風に確信したものです。目には目をは良くないといいます
が、やはり暴力を振るう人間に対しては暴力を受けさせるべきと思います。人の痛みが分からないわけですから
やはり実体験をしてもらうしかありません。普通はこれは親の役目です。先生、警察などの前にやはり親がそう
いうことを叩き込むしかないのではないでしょうか?