はじめましてKam(26歳男)と申します。
 私も、少年法の矛盾には常々疑問をもっている者の一人です。

 現在は退職しましたが、かつて勤めていたあるゲーム関係企業(渦巻きマークの家庭用
ゲーム機のあの会社です)在籍中、私はもっぱら地方のゲーム場の運営を担当していまし
た(最終在籍地は山口県徳山市)。
 ご存知のとおり、最近のゲーム場は過去に比べればずいぶん社会的認知度が向上し、全
般的には健全な運営がなされていますが、それでも土地柄トラブルが多い店舗と言うのも
存在します。
 私は'92〜'99夏まで業界に居たのですが、トラブルが多い店舗を中心に担当していたと
いう経験もあり、”悪いという事の質”が大きく変わってしまう事を身近に体験する事が
できました。

 簡潔に述べると、ここ最近のトラブル・事件と言うのは、”加害者側がそもそも悪いと
思っていない。善悪自体を認識できていない。”の一言に尽きます。
 無論、悪いと思って事件を起こす事が良い事であるがありませんが、何らの考え無しに
事件を起こす事に比べれば、語弊がある言い方かも知れませんが、理由があったほうがま
だいくらかマシです。間違った行為であってもそれなりの理由がある訳ですし、その理由
を元に問題を改善すればよい訳ですから。

 しかし、現在の若い世代の問題行動というのは、あえて差別的な表現を使えば”暴徒と
同じ”レベルにまでおちているといえるでしょう。
 なぜなら自分達のしている事の行為・善悪自体を識別できていない訳ですから。

 そんな人間達に”更正の機会を与える”という美名の下、安全な空間と社会的な保護を
無条件で与える人権派の人も正直どうかしていると思います。
 もし私が自分の近しい人に致命的な危害を加えられたら、どんな手段を使っても相手の
素性と写真を入手して、インターネットに数百箇所は同時アップロードして、社会的に復
活できない所まで追い込むでしょう。
 そんな行為を人権派の人たちはやりすぎと言うかも知れませんが、逆に言えばそれくら
い重大な事だという事を今の人権派の方は理解していない、できない訳でそこの所をなん
とかしないと、残念ながら問題は永久に先送りでしょう。