私は東京に2年弱、単身で住んでいた頃に中学生の子供達に慕われていました。みんながみんな素直で良い子と言うわけでもなく、中には落ちこぼれという部類の子達もいました。当時、私は21歳だったのですが、単身という訳で近くにある定食屋さんに通っていたのですが、その子達もよく来ていたので自然と仲良しになりました。時には、その定食屋のおばさんから「彼等の家庭教師をしてほしい」と言われ引き受けた事もありました。(当然、落ちこぼれなので分数からの教育となりました…)
ある日、その横の並びにある洋服屋さんから聞いたのですが、レジからお金を取る子がいる。ということでした。良く聞くと、どうもその定食屋さんに来る子の中の一人だったようです。私は思いました。「私が中学生の頃はそんな事思いもしなかった」と。で、それは何故起きたのか?と考えると、周りの影響が大きいという事でした。つまりは、みんながみんな秩序を守る事を当然と思っていれば誰もそんな軽犯罪に流される事はなくなるのです。「あいつはかっぱらいも序の口で凄い奴なんだとか。カッコイイ」などと認めてしまっている子が周りにいるのではないでしょうか?実は、その軽犯罪を犯した子と私は中の良い関係でした。でも彼は、私の家に招いた時に私の腕時計を盗んで行ったのです。私は何故盗んで行ったのかを考えました。彼自身は素直な子で、無邪気に踊りを踊る事すらありましたから。彼の父親は土木関係の仕事をしている方で、良く怒る事を聞くと厳格な方だったようでした。ただし、子供にお金を渡し、ある程度の放任主義だったようです。腕時計自体の値段ははっきり言って全くの無価値な物でしたが、善悪の区別を付ける為に私は見逃しませんでした。結局、本人からそれを受け取る事はなく、定食屋のおばさんが預かったのを私が受け取る形となりましたが…
またもう一つ、同じような事でその当時私は学生だったのですが、その同期の人で俗に言う「いじめられっ子」という部類の人物がいました。私の学校は恥ずかしい話、ガラの悪い学校で暴走族から来た様な人も、チーマーぽい人もいましたから、当然いじめられる様子が伺えました。休み時間になると、よくパシリとして買い物に行かされる姿も見られました。自慢ではありませんが、私の属するグループは(あまりそういうグループっていうのは好きじゃなく、属してはいないのですが、特に仲の良いグループ)はカッコイイと思われる人達で、非常に知的でオシャレで、道理の分かる友達ばかりでしたので、いじめという事には加担しませんでした。ある日、レポート作成の為に私の部屋に集まることになったのですが、その時にいじめられっ子の彼も呼んであげました。←私が。しかし彼は何を思ったか、私の部屋からお金を2000円ばかり盗んで行ったのです。それが発覚した原因となったのは、その後暫くして同じ教室の仲間の財布がなくなった事からでした。それはいじめられっ子の彼のかばんから見つかりました。で、問い詰めたとこ、私のお金を取ったことも白状したということです。取られた友達は、怒りました。「技術系学科」ということもあって、ハンダゴテ(金属を溶解させて金属同士を溶接する高温の溶接器具)をその子の足に押し付けるなど、いじめをしていたようでしたが、私が止めたと思いますか?当然、若い事もあって私は止めませんでした。それが生死に関わる事ならまた話は変わりますが…
前述の少年と、後述の少年、彼等は幼かったのではないでしょうか?当たり前の秩序を守ればそういう結果を招いたりはしないものですし、尚且つ周りに寄ってくる友達の質もよくなるのではないでしょうか?盗むという事は許されない事という事を自覚していなかった彼にも責任はあります。それを彼が自覚さえしていれば、事件は起きなかったと第3者の目には止まります。もしくは、その可能性のある人物達と交流が無ければなお更確立は低くなります。
しかし、死に至るまで殴る蹴るの暴行を加えたのは許される事ではありません。それは確かにもっと重度の償いを与えるべきと感じます。特に再犯の少年に関してはその罪の重さを、一生考えて生きていくべきと感じます。再犯ということは、前回の教訓が生きていない、反省していないということですから。
最近の少年犯罪は、その精神年齢の低下が招いていると私自信は感じます。戦後、日本の復興から高度成長期にこういった凶悪犯罪は今よりは少なかったはずです。それは、個々の精神面が自立していて、「やらなければならない」という目的があり、みんな大人だったからだと思います。現在の少年達の精神年齢が低下しているのは我々大人のせいでもあります。
最後に私はまだ独身です。そのうちお父さんと呼ばれる事になるかもしれません。私が子供に願うのは、「強く、決して曲がらない心を持ってほしい」です。その為に、私は「空手」を教えるつもりです。私の仲間が、学生の頃同じように金属バットを持った10人のグループに囲まれたそうです。その後どうなったか?彼は関東指折りの空手家で、向かう所敵なし。振り下ろした相手のバットを回し蹴りで跳ね飛ばし、跳ね飛ばされたバットは変形し、10人を逆に校門に正座させたそうです。彼のした事が良かった事なのか、悪かった事なのか…私には分かりません。(勿論、逃げることも出来ますから)そして、彼は誰にも怪我を負わせていません。何よりも彼は音楽と、絵画を愛した人でした。そういえば、私の学校のグループも音楽が好きだったな。強さを持っても、優しさを持ってる人もいるんです。
長くなりましたが、中に失礼な表現も含まれていましたらお詫び申し上げます。これから、同じ様な事件が再発しない事を祈りまして私の親族の子供達も含めまして新しい未来を築くべく教育に励んで行きたいと思います。私は、ゆうき君の為にもそういった事に目を向けて社会を変えるべく動き出す事が必要と思います。その力が小さくとも、これからの社会を変えていく、という事がゆうき君への供養になると考えます。どうか、これからの未来に目を向けて生きていってください。私も同じ気持ちで頑張っていきます。
私の精一杯、思いつく限りの文面でしたので、大変失礼なことお詫び申し上げます。