はじめまして、こんにちは。
氷魚と申します。
今日はじめてHPを拝見したのですが、犯人達と同じ世代である人間として、意見を述べさせて頂きたいと思います。

私は今年で18歳、高校3年生になります。将来は通訳など、幼稚園の頃から続けている英語を生かせるような職業に就くために大学受験する予定です。息子さんについてのページを読んで、とても胸が痛みました。夢を追いかけること、そして目の前に伸びる何本ものわかれ道で迷うことさえ出来なかった息子さんの気持ちを察すると、本当に悔しくて涙が出ます。

いじめ、虐待、自殺、少年犯罪など、絶対にあってはならない事件が毎日ニュース番組で流れています。被害者、加害者共に十代、というケースが増えているという現状が、私には理解できません。「携帯電話の電源をOFFにしましょう」と書かれた電車の中で携帯電話を使っている友達に注意をしたとき、「○○○ちゃんって古風だよね」と苦笑いを返されてしまったことがあります。彼らはきっと頭の中では、マナー違反だということを心得ているでしょう。でもマナー違反は一種の流行、携帯電話をいじっているとなんかかっこいい、友達とのコミュニケーションは他人の迷惑を無視しても確保するべきだ、などと考えるからこそ違反を犯すのだと思います。頭では善悪を理解していても、それが流行のスタイルを捨ててまで守るべき価値のあるものだとは思えない、そのために簡単なマナーを守ることすらできない現代の若者たちに、法律違反、まして自殺や殺人の事の重大さを説いても、ある意味無駄なのかもしれません・・・。

しかし、少年が変わるべきだと考えるならば、その鑑となるべき大人が出来る限りの矛盾を排除する必要があると思います。罪を犯したり自ら死を選んだりする大人の背を見て、その色に染まらないように生きていけるほど、人間は、少年たちは強い生き物ではないのですから。

偉そうですが、罪を犯した少年たちを更正させることだけを考えず、誰しもが正しく生きられる社会を作ることが重要だと思います。

罪に重いも軽いもない。

皆嘘をつき、何かを隠して生きているのだから、私たちは皆罪人です。ただ、息子さんを殺害した犯人が犯した最大の罪は、「人の生命が代償に値するほどの過ちなど存在しない」ということを理解せず、息子さんの犯した過ちの代償に命を奪ったことでしょう。どんなことがあっても、命ほど大切なものは他に存在しません。命から未来や自分自身の存在意義が生まれてくるのですから。自分の弱さも、いらだちも、心の傷も、決して他人の命で埋められはしないのだと、再確認してほしい気持ちでいっぱいです。

息子さんの死が無駄なものではなかったのだと思える日がくるよう、同じ十代として未来の日本を美しい国にするべく努力します。

息子さんのご冥福を心からお祈りいたします。

では、乱文失礼いたしました。


氷魚