‘命をもって償いたい’
宅間被告は死刑が決まりました。
‘頭の有能な子供を殺すのが満足感が得られると思った。’
宅間被告は言いました。

これってなんか違くないか?

人間は堕ちるまで堕ちていく。堕ち果てた大人の人間、子供の姿。
「ごめんなさい」の言葉が出ない。
「幼稚園ならもっと殺せた。」何が自暴自棄だ。何が情性欠如だ。
殺した人たちは子供。何も抵抗ができない弱い弱い子供。これって何?抵抗できない人なら殺していいの?
自分を守るために凶器を持つみたい。殺すためではないでしょう。自分を強く見せたいんでしょう?
怖いものだもんね。血を見るとみんなびっくりしちゃうものね。

生きることはすっごくすっごくつらかったり、大変だったりするけれど死ぬのは一発
で死ねたりするし、生きることよりもなによりも簡単だ。
生まれてくるのも価値があり命そのものには誰にでも‘愛’があるはず。‘愛’を育
てるのは生んでくれた方たち。‘愛’を育てていくのには生んでくれた人だってつら
くてつらくてその‘愛’をすてたくなることもあるでしょう。でもそれができないの
は自分にも‘愛’があるから。‘愛’があるから私だってここにいるし‘愛’がある
から生きることができている。

生きるって簡単なことじゃないし死ぬことだけは選択できない。

‘こんなことになるとは思わなかった’だれもが言う言い訳。
じゃあどうなると思ったの?怪我ならいいの?意識不明ならいいの?


違うでしょう。 今私たちが学ぶことはどんなことなのでしょう。



15歳、中学三年 心羽