はじめまして2742の大学生です。少々反論をお許しください。少年法は確かに古いものではありますが、その制定理由の犯罪をせざるを得ないと言う状況は改心という目的には関係あるのでしょうか?加えて、非行少年の世界は徹底的は縦社会です。自分を守るために“犯さざるを得なかった”少年の方が多いのではないでしょうか?(起訴される少年にはいないでしょうが)。少年の単独犯行というものは稀であり、それは私達にはよりいっそう凶悪に映ってしまいますよね?偏見と言えば正しいのか分かりませんが、私達の常識も間違った方向へ向かっていると私は考えています。
犯罪に巻き込まれるケースは理由によるでしょうが、私もあなたと同じ考えです。ですが、罰せられる加害者が保護されているという論拠が理解できません。罰せられる=保護なのでしょうか?保護されているというのは正義感から来る先入観ではないですか?加害者が大手をふって町を国のボディガードつきで歩いていたら保護といえるでしょうが、更生の為に隔離されている少年を保護と呼ぶことは適当だとは思えません。それに被害者と少年法は関係ありません。確かに被害者に関する法律は、少年を更生させる法に比べ、かなり不十分であるとは私も思います(←私はここの専門かな)。
さらに、マスコミ報道でありますが、事件の大半は当事者と周囲の人間で足ります。マスコミはいわば関係ない人のための機関であり当事者に直接かかわっていくものではありません。それを処遇の一つとして取り上げるのであれば加害者も被害者です。マスコミによる過剰な取材活動や被害者の人権侵害を規制すべきであって、加害者の詳細を公表すべきではないと思います。しかし、法律でいえば加害者は報道について保護さえているのに対し、被害者は保護があまりされてはいない気がします。
大切なことは被害者をさらに被害者にしないような報道を心がけることだと思います。被害者も権利を守られるような報道規制を私は望みます。(余談ですが、報道規制三法案私はこのような観点から大賛成でした。表現の自由は保護されるべきですが、保護されるべきは個人の意見であり大衆意見を操作するほどの力を持つマスコミの意見は、今日では脅威と言えるからです。) そして最大の反論点は、もし自分の子供が被害にあったら?という質問。誰だって殺したいでしょう?骨折られるだけでも殺したいと思うのが親ではないでしょうか?じゃぁ、人を傷つけた少年は全員死刑ですか?そもそも加害者が被害者がといった見地から法律を決めるという言い方が間違っていると思います。奇麗事はあなたではないでしょうか?犯罪少年を社会から隔離させるか、犯罪少年を償わせるかどちらかであるとして社会から隔離するのであれば償わせることは出来ません。また、償わせるのであれば社会が受け入れなくてはなりません。人には心があるからです。自ら人を傷つけた子が何故償うのでしょうか?償えるわけがありません。社会が受け入れてあげれば(私達の常識を受け入れさせれば)違います。罪を罪として償うでしょう。あくまで理論ですが間違っていますか?
私はこのHPを見た人が、少年犯罪者は皆厳罰化するべきだという考えを持つことのほうが脅威であると考えます。少年法は何が矛盾しているのでしょうか?むしろ被害者が法律やマスコミによって保護されていないことのほうが矛盾を感じます。少年院を入退院する少年は100%その子個人が悪いのでしょうか?皆さんが自分の身内(広義の)だったら許さないといった愛を非行少年は誰かにもらっていたのでしょうか?だからといってそんなことは被害者には関係ないことも知っています。ですから私は、被害者保護の充実と皆さんが言う少年法の矛盾の解消を現存のままに望みます。そして、先にも述べたとおり加害者を社会から厳罰化などといって社会から遠ざけるような意見がなくなるように…。
タマゴ様、私は反対側からものを見ていた人間です。ぜひ、長くて読むのが大変ですが御反論を(タマゴ様に限らず)戴けたらと思います。
管理人様、貴HPは他人の討論の場ではないと思いますが、人に得るものはあると思いますので、どうかおおめに見ていただけますと幸いです。
2742の大学生。