こんにちは。”ロックの神様”と名乗っていた19歳の法学部生です。PNを”サーベルタイガー”に変えて下さい(笑)
ネットで犯罪関係のネットをめくっていたらこんな文を見つけました。
2001年4月、少年法の改正が実施された。少年法改正案は、
(1)刑事罰対象年齢を現在の「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げる。
(2)16歳以上で殺人など重大な犯罪を犯した場合は原則として身柄を家裁から検察に戻し成人と同様に刑事裁判を受けさせる。
また、検察側に対し、少年審判への検察官出席や審判に不服がある場合の高裁への抗告受理申し立て権を新たに認める。
これだけで全てが解決するとは思いません。形だけの改正では何の意味もないしまだまだ始まったばかりだと思います。でも小さい1つ1つの進歩でも大事だと思うし、少年法や加害者、欠落だらけの司法に苦しめられてきた被害者が少しでも救われるなら・・・・
でも法律はレスポンス遅すぎですよね、ここまでたどり着くのに一体友樹くんはじめ何人の若い人が犠牲になったか!!!!!!
司法・警察の存在意義ってなんなんでしょうか。
前のメールで私は「加害者に罰を与えたり、事件の内容を調べたって殺された人は戻ってこない」と言ったけど、戻ってこないからこそ捜査が大切なんだと思います。
殺された人はもう決して喋れません。
殺された人も大切な人格でかけがえのない人生があった。
人間としての尊厳があった。
その一人の人間が一体どんな最期を遂げたのか。
どうして突然この世から消されてしまったのか。
殺された人は最後の事実を訴えたくても訴えられない。
事実を歪められて死んだ人間は成仏できないと思います。生きていた証・誇りも傷つけられます。
だから捜査は「人間の最後の事実」を探す大切な仕事だと思います。
警察官も弁護士もそんな誇りを持ってやって欲しい。
飯島さんのような立場の人が書いた本を読むと関係者は人でなしばかりと感じ、悲しくなります。
私が思うのは、友樹くんや飯島さんはかわいそうな人ではない、ということです。
友樹くんは本当に優しい人だっただろうし、飯島さんもこんなことになったのに人間の心を失っていません。私をはじめ若い人に「犯罪の加害者にも被害者にもならないで」と訴えています。悲しみと憎しみと怒りが連鎖するのを止めようとする強さがあります。むしろ普通に生きてる人より強いかもしれない。
・・・それよりも加害者の少年やその親の方がずっとかわいそうです。
人間一番大切なのは、命を大切にする心や優しい心なのに彼等にはそれがありません。
自分達のやった罪の重さをわかることができないでいます。
命を殺したり傷つけたのに反省をすることもできない。
人間として1番救えないし、かわいそうです。
仮に飯島さんが耐えられなくなって自殺をしようとも、周りの人もこのホームページにメールをよこしてるたくさんの人が「死んじゃだめ」と止めるはず。でも加害少年や無差別殺人の犯人の親が自殺しようとするのを止めることができる人はいるんでしょうか。だから1番救いようがないのは、加害者です。
こんなことを飯島さんが読んだら怒るかもしれませんが・・・
私はあまり物事を器用にこなせません。何をやるにもスムーズにやれず、悩むのです。
また、思考回路の切り換えもうまくできません。
1度何かに傷つくと引きずります。また、自分の周りで何か良くないことが起きるとみんな自分のせい、と思うところがあるみたいです。
古風な19歳です。
今の世の中の価値観が合わない、自分はここにいるべきでない、と感じることがよくあります。
最近は悩みの解決策として、頭のなかに「自殺」という言葉がよく浮かんでしまいます。
友達といても誰といても、精神的に楽になれません。恋の調子が悪いだけでも、友達や親とトラブっただけでも自殺しようかな?と思ってしまうし人間が本当に楽になるには死ぬしかないと感じるんです。
でも自殺できません。犯罪であろうと自殺であろうと事故だろうと親はみんな飯島さんのような気持ちになるだろう、と思うからです。
飯島さんのホームページを見て強くそれを感じます。また、自分の死によって当たり前の生活を2度と取り戻せない人も出てくるでしょう。
精神的な負担を大きくしないにはどうしたらいいのか、実行は出来ないけど一瞬でもいいから肩の荷を下ろしたい・・・
だれか怒りたい人がいたら怒って下さい。飯島さんゴメンナサイです(ー −)
ぺんねーむ サーベルタイガー