突然のメールですみません。
今日、またしても少年犯罪のニュースをみてそこでゆうきくんのHPにたどり着きました。悲しくて悲しくてお話したくてメール出させていただいてます。HPをみるとゆうきくんがなくなったのが1999.5.14午前1時とのこと。
私はこのまさにこの時間に陣痛が始まり5時に子供を産みました。天使になる子もいれば生まれでようとしている子供もいる。命は不思議ですね。読んでいてまるでゆうきくんの魂が我が子に入ったんではないかとおもってしまいました。我が家ではこの子供の前に生後1週間でなくなった息子がいました。この手に抱く事が出来なかったつらい経験です。我が子の死に目はそれは悲しいことですが母親としては最後の最後までソバに寄り添い、心臓が止まる瞬間だって見守りたいものではないでしょうか。それがゆうきくんは一人ひっそりと放置され暴力と言う痛くくやしい事でなくなってますね。ゆうき君もつらかったでしょうがご両親もさぞつらかったことでしょう・・・・。子供というだけでなんで罪が軽いんでしょうか。大人はわかってるんでしょうか、私が学生だったころだってみんな言ってましたよ「犯罪おかすなら今の内、今なら罪は軽いし反省した振りすれば大丈夫」って。大人がおもってる以上に子供は姑息です。しかも今の時代の子供はなおさらですよね。こう言うことこそ甘やかしなんではないでしょうか。加害者の人権ばかりが優先され被害者の人権はないがしろ。こんなことが続けばもっと恐ろしい世の中になりそうで小さい子供を育てている母親としてもそだてる自信がなくなるもので、それが少子化にもなってます。目には目を歯には歯を、自分も同じような罰があたると思えば誰だって暴力、殺人などおかさないですよね。早くもっと少年法を改正して欲しい物です。
私が最初の子供を亡くした時、こうおもいました。これがこの子の運命、何かの使命をもって生まれ死に行くんだと。ゆうきくんのお母さんと同じように感じました。無駄な命なんてありません。ムダに亡くなっていくなんて事もありません。何かしらの使命がありまっとうして亡くなっていくんだと思いました。
つらい思い出を蘇らせてしまったことをお詫びします。
ももぢ