正直なところ、このメールを出そうかどうか悩みました。

このようなHPを公開されるにあたって、否定的な意見を受けることも、ある程度は覚悟のうえだと思います。このHPに意見を寄せられる方の多くは私のような意見には反論されるでしょうし、快く思われないことだと思います。それでも、あえて意見させてください。

友樹君の命を奪われたお母さんにとっては、今でも信じたくない出来事であったと思います。お母さんの気持ちは誰にも理解できるものではないと思いますし、私も理解できるなどとは思っておりません。

お母さんがこのようなHPを公開し、様々なメディアで訴えることによって、この事件のみならず、命について考えさせられた方も多いと思います。私も少なからず事件に関して思うことがありました。それと共に、お母さんに対しても思うことがありました。

お母さんは「バイクを盗むのは悪いことだが、それだからといって人の命を奪ってよい訳では無い」というような内容の意見をメディアやHPでも述べられてますよね?
確かにその通りだと思います。人の命を奪うなどという行為は、誰であれどのような理由であれ、とうてい許される行為では無いと思います。

また、「バイクを盗んだことを知っていれば...」というような内容の意見もされております。

しかしながら、「なぜそのような行為をする子に育ててしまったのか?」という事に関しては触れられておりません。中学生にもなれば善悪の区別がついて当然ですし、悪いことをすれば罰を受けるくらいのことは理解できるはずです。黒いスクーターの盗難には直接かかわっていないと言えども、そのスクーターを乗り回すことが悪いことである事くらいは理解できて当然です。一度は直接盗難に関わっておき、警察のやっかいにまでなっておきながら、なぜ?

ご自分の「育て方に間違いは無かったのか?」と考えることはなかったのでしょうか?
そこに今回の事件の一因が含まれているとはお考えにならなかったのでしょうか?
お母さんがそれを考えなかったとは思えませんし、ご自分を責めたこともあったと思います。それならば、なぜその事に触れないのですか?

今回の事件の加害者にしても、命の大切さや他人を思う気持ちがあれば、今回の事件は起こらなかったでしょう。被害者の友樹君にしても、他人を思う気持ちがあれば、他人のスクーターを盗むことは無かったでしょうし、盗品のスクーターを乗り回すこともなかったでしょう。他人を思う気持ちがあれば友樹君の友人だって、何らかの行動を起こすことが出来たでしょうに。
他人を思う気持ちを教えてあげるのも子に対する親の責任なのではないでしょうか?
親が親としての責任を果たしていないから昨今の少年による凶悪事件が増えているとは思えませんか?

お母さんがHPを公開され、メディアに登場する理由はなんですか?世間の同情を受けるためですか?そうではないでしょ?
「今の若い子は」などという風潮が世間にはあります。でも、その「今の若い子」を育てたのは親であり、今の社会だと思います。その辺りを考える場を提供してみてはどうでしょうか?

お母さんならそれが出来ると思います。

KATO