はじめまして,スーパーテレビで友樹君の特集を拝見した者です。
友人との会話の中でこちらのHPのアドレスを知りました。
こちらでは様々な考え方に触れることができました。
また一方でお母様を傷つける暴言の数々に胸が痛くなる思いです。
程度の低い暴言を吐く人はもちろん,友樹やお母様の事件当夜の行動など過去のことについて批判する方の意図が私には理解できません。
被害者の方が完治する怪我を負った程度であれば,それは今後の教訓にも成り得ます。
ですが被害者の方が亡くなってしまった場合,過去を責めることは家族を失って悲しみや悔しさの中にいる遺族の方を更に苦しめることにしかならないと思うのです。
私は個人的に少年に対して死刑という刑罰を課すことに何ら問題があるとは思いません。
まず年齢の制限を定めることにどれほどの意味があるのでしょうか。
それはその人の価値観や判断力を知るための一つの方法に過ぎません。
ですから年齢制限には常に例外が伴います。
これだけ少年犯罪や少年法について注目されている一方で少年犯罪は増加し続けています。
キレやすい子供が多いということだけが原因ではありません。
少年が「自分たちは少年法に守られているから」とバカにしていることも大きな原因の一つだと思います。
また私は死刑と殺人を同じものであるとは考えていません。
むしろまったくの別物であることを明確にしなければならないと思っています。
殺人は犯罪、死刑執行は正義です。
日本では憲法20条3項および89条で「政教分離の原則」がはっきりと規定されています。
政教分離の原則が規定されている以上、日本では人間を裁くことができるのは人間しかいないのです。
死刑は法律で定められた刑罰の中ではもっとも重い刑罰とされています。
私は死刑の方法について詳しくは知りませんが,友樹君が受けたような「金属バットで殴る,蹴る」のような執拗な暴行や恐怖を与え続ける刑罰はまずないでしょう。
同じスーパーテレビで山口県光市の母子殺害事件の遺族の方の言葉はまさに私が言いたいことと同じでした。
確かに更正の余地のある少年の命を奪うという点で,死刑は最も残虐な刑罰です。
ですが刑罰に残虐性がなければ,刑罰というものはその存在意義を失うことになります。
そして殺人とはそのような最も重い刑罰に値する残虐な行為です。
死刑が執行されることによって遺族の方が得られるものは確かに何もないかもしれません。
ですがそれは当然でしょう。どんなことがあっても奪われた愛する家族は戻ってこないのですから。
どこかお母様を傷つける表現がありましたらお許しください。
暑い日が続いています。お体に気をつけてくださいね。
最後に友樹君のご冥福を心よりお祈り致します。
八尋 礼