少年犯罪被害当事者の方たちで、めんめんと思いを語り合っていらっしゃるお隣で、メールの意見の述べ方などについて、繰り返し、うるさく意見していてすみません。申し訳なく違和感を感じながら、ふと雅さんの短い投書に私のことが書かれていて、原点に戻ったように、ほっとさせられました。
 
 雅さんの読んでくださった過去のメールの、娘を亡くした母親も、<ご冥福を祈ります、という言葉が嫌いになりました。>と書きこんだのも私でした。私も、死んだわが子に対面したのは、京子さんの状況とよく似ていて、牛込警察の霊安室でした。黒いシートがかけられていて、遺体の状況を説明しようとした警官の言葉を、残酷な現実から私の目をそらそうとした私の弟がさえぎってしまったので、遺体がどうなっていたか、説明を聞かないままです。いたわりから残酷な現実を知らせない、という考え方が、世間にはよくあるのですね。詳しい死にいたる状況も何も聞かないまま、今日に至りました。私は無知を望んではいないのですが、調べようという意欲も萎えたまま時が過ぎました。警察では、ツンと冷え切った白く孤独に眠った顔が、わが娘であることを確認しただけでした。
 
 別れの最後の状況が、友樹君とよく似ていて、散歩に行ってくるね、と、一人で夕方の街へ出かけて、そのままでした。犯罪被害者の方々とは異質ですが、子供を亡くしたものの絶望と、亡くしたものへの同化は、共通しているように思います。
  
 「ご冥福を祈ります」という言葉が嫌いになったわけは、私の場合、娘の死をどこまでも認めたくない、という気持ちにあります。なぜ他人は簡単に人の死を認められるのだろうと思います。現実には、肉体は死んでいるわけですが、心はいつも私達と共にあって、生かし続けていきたいものです。私達の生き方次第、次代を担う人たちに伝えられるものの質と大きさ次第だと思います。
 
 飯島さんが、NPOの設立で活動の幅を広げられることで、友樹君は、大きく生き続けられることでしょう。非営利であっても、法人を維持することは大変な活動になります。出来ることがあれば、ぜひ力を合わせていきたいと思います。     
  飯田 啓子