「みなさんへ」
悪いコトを思いつく方が、良いコトを思いつくよりも簡単なことなんですよね。
トラブルが起きた時は地道な解決策より、即行暴力や裁判になってしまう。
根本は小学生の喧嘩と変わりませんよね?
しつけにおける実力こうしや掲示事件での裁判…それはある程度認められて然るべきだと思う。
しかし、空出張の情報公開と少年犯罪での被疑者の実名公開、どっちが意味のあることだと思いますか?
子供がソレとわかる怪我をしているのに親が「しつけ」だとか「転んだだけ」といった言い訳をするのを行政機間や児童施設が鵜呑みにして子供が虐待→殺害されてしまう現実…許せますか?
自分の都合だけで行動しているのでは自分や大切な誰かの身を滅ぼすことになります。
「急がば回れ」という言葉があるように、自分の身を守りたかったら他人のコトを守ったり自分の欠点を探して補っていく必要があるのだと思います。自分の利益を確保したかったら他人の利益も考え、他人につけ込まれそうな自分の欠点を補うべきです。
鱸 一浪
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「被疑者の面々へ」
自分の過去、未来をしっかり見て。
嫌な事から逃げたり、人や物に当らないで。
自分が優位に立ちたかったら努力してその地位を得て。
一対多数は卑怯。
誰かと戦わねばならない時は一対一で武器をいっさい持たずに向かって行って。
君達だって人間なんだから、わかるよね?
女子高生にわかって成人した君達にわかんないわけないさ?
ホントにカッコイイ人間は素手で一人で勝つ。
今の君達や永遠に友樹君に負けたまんまだよ。
武器持つのは弱虫の証拠だから。
まっとうに生きたいのなら、正々堂々と生きなよ。
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