鱸 一浪さん、見事なコメント恐れ入ります。
全く賛成です。でも、イリスさんはメールを削除されました。貴重な情報であるとも思いますが、ご意志とあれば致し方ありません。残念です。
私は、生命のある限り、喧嘩やバトルはつきものと思っています。
むしろ、生命を守ろうとすれば、それ以外に方法がありません。
そこで、訓練を受け、鍛練されて、生命を守るための心身の準備が出来上がります。
避けては通れない性のようなものですが、むしろ、何故、イリスさんと駐在員さんとは意見が違うのかを知りたかった。
そして、バトルを続けて欲しかった。その結果としてお互いの人格を認め合って欲しかった。BBSではそうしたことが重なりました。
私はそのことに賛成しました。主催者である飯島さんの気持ちを逆なでするようでしたが。
話が変わりますが、watashiさんの意見はそれなりに事件に迫ったものです。
どうしたって、ゆうき君が置かれた状況が、今後もないとは限りません。
もちろん、そうした状況を作らないようにすることが大切です。
しかし、起こってしまったら、そこでは生き延びねばなりません。
ゆうき君の事件は、そうしたことを起こさせないためのお母さんの努力や、そうしたことの起こった後の被害者のケアについて、多くを学び、また、そのための努力をの輪を作り上げました。そして、さらに一つ、あの事件に遭遇したら、当事者はどうすべきかゆうき君はどうしたら助かったのだろうかと考える契機も作ってくれました。
今度、こどもを含めて、この時代を生きていくためには、あの事態は避けれません。
私たちはその時にどうするのかという問題です。
事件は突発事項のように見えて、そうではないでしょう。
周囲が気づかなかったのは1つの不幸です。
本人が相談できなかったのも不幸の1つです。
呼び出され時に相談出来なかったことも不幸です。
暴力を予知して逃げ出せなかったのも不幸です。
暴力を受けて、怯まなかったことも不幸です。
黙ってしまったことも不幸です。
自分の主張をしなかったことも。
大勢がいれば、なおさら、訴えは影響を受けます。
それでも、意識がなくなり、抵抗できなくなれば、それ以上は本人の問題ではありません。殺人者達の問題です。
もちろん、ゆうき君は殺人者達の罠にはまったということも事実ですが、記録で見る限り、殺人たちはそのようには記述はしていない。
彼らが、殺人の意思があったといわせることが重要ですが、そうは言わない。
そうは言わない以上、若気の至りで本人も回りもそのように振り舞うでしょう。
許せないのは警察も周囲もそのように認識し、このHPを開いても一歩もそのことが覆らないことです。
未だに少年達は真実を述べてはいない。誰かを怖れているのでしょう。
その誰かとは、仲間の誰かであり、仲間を操る大人の誰かです。
あの記述の連係プレーの間にその糸口は出てこない。
警察がそのように指導したといえば言えるのだが。
少年調査官がその糸口を見つけなかったのも事実だが。
その限り、少年達の懺悔は表面上のものとなる。
千葉の女子コンクリート詰事件、それですら、子供から真実を引き出すのにどれだけの時間を擁したことか。しかも、まだ、その闘いは続いている。
記録を見る限り、あの供述が覆ることがない限り、事件の真相は闇です。
誰かがゆうき君が殺しても構わないと思った。
これを引き出すのが、少年調査官や警察の仕事ですが。
日記とは、悔悟録ですから、いつかそうした言葉が出ることを期待します。
そこから、犯罪者の歴史が刻まれる。
watashiさん、驚くほどに微妙な問題を承知で提起されました。
人の生死の分かれ目が、どこにあるのか、ゆうき君の事件が教えてくれます。
2度と、このような事件を起こさせないためには、子供が生きるための環境作りも大切です。
子供が生き延びるための知恵造りも大切です。
誰でもが直面していながら、起こってしまってから考えてしまう、人の愚かさでもあります。