友樹君は亡くなられてしまったけれど、ここに来ているみなさんは生きているんですよね?
 
生きて、思考して、意見を述べる事ができる。
 
人間死んだら何も言えないんです。
 
生きている間に自分が作り出したものでしか言いたい事を訴えられないんです。
 
逆に、償いだってそうです。
 
死刑は加害者を「反省と償い」の苦労・痛みから解き放つことだと思います。
 
それでいいんですか?
 
自分の犯した罪に一生付きまとわれるこの世からの逃避です。
 
被害者の人が生きたくて亡くなったのに、加害者は生きられるのにこの世から逃避する…。
 
なんか違うと思うのは私だけですか?
 
加害者は被害者の分まで長生きして、反省・償い・世の中への奉仕をしていかなければならないと思います。
 
被害者に対して行った行為の何十倍・何百倍の苦しみを味わってからじゃなきゃ死んではいけないと思います。
 
こちらが味わった痛みや苦しみや、それから脱却する為の苦労を何もしらないで飄々としている加害者が許せない。
 
それが命にかかわることだったならば尚更です。
 
死刑についても少年法についても、法律はあくまで法律に過ぎません。
 
痛みを受けた側の気持ちを本当に考えていたら、別な対処の仕方があるはずです。
 
法律を厳しくすることに関しては賛成ですが、それでは足りないものがあると思います。
 
人間は生きてなんぼ、しかも幸せに充実して生きてなんぼです。
 
からっぽの抜け殻人生じゃ意味がないんです。
 
肉体的には殺されなくても、精神的に…心を殺された人間だっていっぱいいるということをわかってください。
 
そのせいで人生を棒に振った人間がいて、その人に対する加害者は殺傷に関する罪は問われないので
 
のうのうと自分の思うままに生きているということもわかってほしいです。
 
殺されてしまった方の周りの方が絶望感・喪失感を負うように、
 
心を殺された人間や一生自分自身でそういう感情を抱いて、あるいは感情自体を失って幽霊の如くいきなければならないのです。
 
死刑執行は死刑囚の人権問題で反対するのはお門違いだと思うけれど、
 
やっぱり納得できません。
 
殺される時に亡くなった方達の思ったコト、精神的苦痛を考えれば安易に死刑執行してしまおうとは思えないはずです。
 
鱸 一浪