WESさん
 
志田さんのご意見に絡めてのご提案の、管理責任を問う法律、子供の問題では、大変難しいと思うのですが・・。企業のセクハラ管理責任のように責任の所在が簡単明瞭にはいかないと思います。今も教育委員会や学校は管理責任を負っていますし、少し問題のあるところでは、学校も緊張して逆効果の場合が出てきていると思います。管理責任のために不本意でしょうけれど、子供達を地域へ投げ出していると思います。公立もどうしてよいか分からない問題が多いようですが、私学がよい例です。退学した生徒の場合、学校は責任を問われないのであれば、受け皿のないままに、地域が重い問題を背負う事になります。問題を回避するのでなく、立ち向かわねばならないのはもちろんですが、管理責任の法が先に来ると言うのは事態をむずかしくするように思います。
 
放課後、地域が子供達の生活や心の動きをを監視すると言っても、だれがどう監視するのでしょうか。今、児童委員は、ほとんど民生委員と兼業で名誉職ですし、個人の第三者と同じです。消防自営団のように警察の生活課に協力する地域の青少年対策委員を養成するとしても、事件が起きてしまったら、誰が管理責任をとるのでしょう。責任は、地域住民が連帯で取るのでしょうか。自治体でしょうか。今の住民意識では、管理責任を規定する立法はとても難しいのではないかと思います。アメリカとは学校のできた歴史も違い、地域と学校の関係もまだまだです。
地域と学校と家庭との協力が潤滑にいくのは、むしろ学校・地域が法的責任を気にしない関係のもとであるように思います。
 
今、荒れている学校の子供達は、私達のような、学校にも通じない親にも事態を悪化させるだけの事は通じない、子供にとって安全地帯の大人にだけ、真相を話すことが多いと思います。学校の保健室やカウンセラールームもそれに近いのでしょうけれど、カウンセラールームのように相談をかける形ではなく、相談のない子の日常会話の中で、親にも教師にも話さない事を子供達は客観的な真実として、いい事も悪い事も、淡々と漏らしてくれます。
 
私など民間のものにできることは、できるだけ風通しよくどんな子も遊びに来られるようにしておいて、問題の起きる前に心を誘導していく事くらいですが、そう言う基地が地域に点でなく面でできれば、犯罪は抑止できるでしょう。
 
今、近辺でも荒れている中学校では、教師も日常的に違法な暴力で抑制しているようです。見ているだけの生徒たちが不登校になったり、不感症になったりしています。もうそうなったら、反抗もエスカレートするばかりで、指導が、ますます難しくなります。管理の立場からの対応であって、子供自身の心が見えなくなってしまうからです。
そのような状況で、管理責任の法の制定、強化は現実問題として考えにくいのですが・・。
 
 
WESさんには、いつも反論しているようですみません。日本の私の立場からの問題提起と受け取ってください。さちさんのことは、私も心を痛めています。第三者的立場からの発言が、一部の言葉の暴力によって、言葉狩りのように、攻撃されるのです。
運動論としても、非常にまずい現象で、連帯できる人達を、排除していっていると思います。一人の人に留まらず、無言のたくさんの人を排除していっていると思います。私は、纏められると無言の人達が入れなくなると、あなたに抗議した事もありましたが、BBSでの涙ぐましいあなたの人を繋ぐ努力を拝見していますので、この件についての、客観的なWESさんのご意見を伺いたいと思っています。
                           飯田 啓子