はじめまして。2歳の娘を持つ、まだ親としての経験の浅い母です。
このHPにたどりついて、ご子息をなくされた京子さんの無念の思いに触れ、胸がしめつけられるようでした。
友樹君の赤ちゃんの時の写真がとてもかわいいですね。
どんな思いで京子さんがこの幼い友樹君を胸に抱き、守り育てていかれたかを思うと、そしてその子がどんな無残に奪われていったかを思うと、涙がとまりません。
 私事になってしまいますが、私は長いこと子供ができなくて、やっと授かったのが今の娘です。お医者からは次の子は無理、と言われてしまいました。
産後、SIDS(乳児突然死症候群)の記事を読んだのがきっかけで、ひどい不眠症になりました。
子供の呼吸が、私が見ていない間に止まってしまうかもしれない、という不安で眠れず、絶えず鼻に手をかざして呼吸を確認していました。安心して少しだけ眠り、またすぐ不安で目がさめる、というのを何度も繰り返していました。
馬鹿げていると笑われるかもしれませんが、「もしこの子を失ったら」というのが、いちばんの恐怖だったのです。
いまでもそうです。

 京子さんや富久さんが「子を失うのと親を失うのは違う」と仰る理由が、当事者ではないけれど、わかるような気がします。
私は親になって間もないですが、親になってはじめて理解できることが、いかに多いかを知りました。
子を守り育てるのは生き物の本能ですが、その本能がどれだけ愛情を強化するかを思うと、自然のからくりに眩暈がします。
 子供を奪われた親は、癒される道を模索しながらも、悲しみ続ける権利、怒り続ける権利があるのだという気がします。それが当然、自然だと思うのです
私にはそれが「刃」とか、「悲劇のヒロイン」には見えません。
 被害者の方の声を聞くことは、ただのニュースとしてしか事件を受け取っていない私たちに、事件をよく考えさせるきっかけになります。
共感し、真剣になります。
京子さんの始められたことは、きっとなにか動きだすきっかけになると思います。支離滅裂な生意気なことばかり申し上げてお恥ずかしいですが、
読んで頂いてありがとうございました。
どうぞ、お体にはきをつけてください。

                  長谷川