飯島様またお邪魔します。 新年早々、少年達の凶悪な事件が起こっています。 
 前回のメールで友樹君の事件は、風化させてはいけませんと書きましたが、この事は、飯島様にと言うより自戒のつもりで書きました。
それは、友樹君を死に至らしめた理不尽な暴力と飯島様の掛け替えのない宝を奪い去った事に対する怒り、憎しみです。
 神仏においても、怒りや、憎しみはあります。御為ごかしのお慰めや意見などなんの役にたちましょう。このような方達にとって、生死を賭けた痛み、苦しみも、他人なら己の歯痛ほども感じ得ない愚鈍な輩です。
瀕死の友樹君に笑いながら最後の一撃を加えられる人達なのです。
 被害者の安楽死を願う人なのです。加害者には、うわべだけの反省、被害者には、忍従と寛容さ、そして被害者、と加害者がお互い泣きながら許しあえる図こそ理想でしょう。被害者になっても直、解らない人も、世のなかにはいます。無残に殺された掛け替えのない母の死と引き換えに,その内、人権派代議士として沢山の票を集めて来るでしょう。自殺と、殺人は根本的に違います、自殺をする人には、最後まで生、死、の選択があります。絶望して死に向かう人と、夢、と希望を断たれる人との差は量りしれません。 
友樹君より、もつと悲惨な事件もある
 と言う認識です.一体虐殺された人以上に悲惨な事件とは、どのような事件でしょうか。
厳罰化と、道徳及び躾、は対立するものではありません。どちらも必要です。厳罰化をしないとちゃんと躾られた子達がそうじゃない子達の餌食になるだけです。飯島様も日記にかかれたように、若し、殺人が極刑なら友樹君も、女子高生コンクリ事件、栃木の19歳殺人事件、の被害者達も助かったかもしれません。  
 飯島様,富久氏やTP氏のような良識ある方達が今年は沢山増えますよう祈ります。
乱文ですみません。
      悪に対する、怒りと憎しみは捨てません。N,Y在住  M,kより