TPさんへ
 
「意見をのべるということ」拝見しました。
 
私は、自分の立場を述べすぎるくらい述べてきていると思います。管理人さんはじめ、もう分かったよ、と思ってくださっている方に、こうして繰り返すことが失礼だと思うくらいです。でも、失礼でも、答えなければならないと思います。
 
逆に、意見の読み方についてですが、他の方へのレスで言っていますように、理数系の論述と違って、意見にはその人の人生がこめられています。行間を想像力で繋いでいかなければ、本当の意味を読み取ることはむずかしいでしょう。志田さんが、あなたへの新年のコメントで、婉曲に「詩が好きです」とおしゃっているのも、そのことだと思います。
 
このようなスペースでは、分からないという謙虚さがなければ、他者のあいまいな意見を正確に読み取ることなど不可能だと思います。それと、まず、できるかぎり好意的に、自分が理解できないのは、自分に理解できない背景があるのではないかという謙虚さと配慮をもつことが大切なのではないでしょうか。
  
過去の他の方への私の抗議を、今回のあなたへの抗議と重ねて非難の材料にされようとしているようですが、一つ一つ事情が違うので、纏めることはできないと思います。たぶん、今回のnamiさんのように言われた方の心が潰れてしまいそうな、いわれのない直接的な過激な言葉の暴力に対して反応していると思います。
 
言葉を扱うことをなりわいとする者として、他人事とは言え、見過ごせない場合に限っているつもりです。私は、放送も新聞も雑誌も荒い業界を経験してきていますが、HPの掲示板ほど雨あられのように言葉の暴力が横行するところは知りません。暴力をなくそうというHPで、言葉の暴力が横行するのを、ただ読みすごすほうが、問題ではありませんか。ともあれ、他の方への発言と、あなたへの抗議とは、問題が別です。
  
そこで、論議を前回のあなたへの抗議に限らせていただきます。裁判に対する私の意見がどうであれ、私の抗議は、あなたの「ご意見」に対する反論ではありません。
 
意見の述べ方を論じられるのであれば、あなたこそ大分の裁判の判決について感想を述べられるに当たって、ご自分の意見を述べて終わりにされれば、何も問題はないのです。
 
志田さんは何もおっしゃっていませんが、なぜ志田さんと私の名前を出して、非好意的な、あなたと対立する意見の代表のように挙げなければならにのですか。私は、ゴエモンさんのあなたに対するご指摘を、むげに否定してしまいましたが、(ゴエモンさん、読んでくださっていたら、ごめんなさい)答えられるか答えられないかはこちらの問題として、どう思うかという問いかけの形になさるべきだと思うのです。
 
論拠もなくご自身の想像で、非好意的な対象の実名を世界に公表なさる、しかもそこには、重大な裁判の結果に対する意見が想像でこめられている、その行為に対して、少なくとも書くことをなりわいとするものとして、私自身が困ると申し上げているのです。
 
今回のあなたの御意見のその他の部分に関しては、あなたご自身の立場を正当化するための、論理のすり替えとしか私には読めません。
 
私がここへ来るのは、もちろん飯島さんの事件と闘いから、子供達の心の問題を考たいからです。犯罪心理や少年法の問題も大いに関心があります。改正問題は、被害者の会の活動と意見から考えさせていただくほかないと思います。私に積極的な提案などできません。「是」と書いているはずです。部分的に賛成であったり、反対であったりするかもしれません。
 
私は、過去に運動をしてきている世代です。賛成派だけが集まって論議をしても変革は難しいと思います。このHPの趣旨も両論を求められていたと思います。あなたが、参加者を評価したり選別して二分されるのは僭越ではありませんか。
 
私は 塾生といっしょにHPを読み始めました。子供達はnamiさんのように勇敢ではないから書きません。でも、私の意見は、子供達の意見の代弁だと思ってください。子供達の問題です。子供達が意見を言えないような環境では、奇異ではありませんか。
 
                           飯田 啓子