前置き
  BBSなど不特定多数への意見については、匿名をお願いする例もあります。
  プロバイダーが責任の範囲を超える問題が多々あるからです。
横浜TPさんへ
  少年法改正派とそうでない派の違いを実践性の問題のように捉えてしまっては
何をいってよいか分りません。
  少なくとも、少年法改正を提唱する人々から、このHPの中での論理的な展開とし
ての
少年法改正以外の実践性についての意見は出難いことから、少年法改正に集中しなく
ても、
別の視点を探すべきであるし、やたら、エネルギーをそこに向ける必要があるのか
という議論の展開をしているつもりでいます。
  少なくとも、このHP上では、被害者である飯島さんを支援し、このような事件が
二度と起こらない様にすることを確認することのやり取りですから、
結論が同じに向くことは当然ですし、しかも、あらゆる観点からの支援があっても良
いという
ことの証であるとの意見として理解してもらえませんか。
  すでに少年法改正が議会を通り、あと5年ぐらいはこの問題はたなざらしになるで
しょう。
それでも少年法改正派の人々が「被害者の立場での改正を提案し、その実現を見てい
ない状態で」、
その目的を達成するために少年法改正を貫く運動はあって当然ですし、
それが将来、実を結ぶことも確信します。
しかし、実際には、マスメディア、議会ともに、教育問題へと視点が注がれ、
戦後、最大の焦点であってきた教育問題がどうなるかは、
少年犯罪の問題を絡めて極めて重要な問題です。
  しかしながら、私はここでも少年犯罪はあくまでも、家庭、地域、学校の問題であ
り、
教育法改正の問題ではないと思っています。
その第1は法の改正が言葉どおりに改正であれば問題ありませんが改悪に走るし、
それを阻止することは、そうした流れを作ってしまうと、ますます困難になるという
経験の問題です。
その第2の問題はなぜ少年犯罪が起こるかは、明らかに、家庭、学校、地域の疲弊が
原因ですし、
それを回復するには、こうしたHPを含めて、日常的な情報の交換と、助け合い、
勇気づけあいすることが何よりも大切なことです。
第3は法の改正は私たちが議員に預けてしまった問題であり、馬鹿といえども、
彼らに委ねるを得ない宿命ですし、法を改正したい時には、部落解放同盟が実践した
ように、
自らの支援者となる議員を選出することが先決です。
もちろん、議員に支援を仰ぐことも重要です。この間の被害者当事者の会が
行った陳情活動はそうした一貫した運動方針のもとでの行動と思います。
この活動を支援する必要もありますが、問題となるには、私たちが、このようなスタ
イルで、
真に支援者たりうるかの問題です。
人々には、それぞれのアイデンティティがあります。
一律に行動を縛ることによって、本来あるべき人の活力が殺がれることこそ、大問題
です。
少なくとも、家庭、学校、地域の疲弊はここから、生じます。
  そこで、前置きはこれで終わりとしてTPさんのおっしゃる実現したい事柄につい
て述べたいと思います。
  要約すれば、前のメールの問題提起は家庭、学校、地域の疲弊のなかでは、
この種の問題は一歩も解決しないという同義反復を延べた積もりです。
  「第1にその加害者の謝罪なり、獲得すべきです。」は
本来は家庭なり、学校なり、地域なりに自然に起こる問題です。
ゆうき君の場合にはこれすら起こっていないといえます。
それは、法律が改正できたら起こる問題ではありません。
飯島さんの家庭ではしっかりとスクラムが組まれている様にみえます。
しかし、そのスクラムは学校、地域には届いていないようです。
ここでは丸谷さんのところでの闘いが参考になります。
このHPがこの学校、地域なりに影響をもたらすことを期待します。
それまでは、第1の問題すら解決できません。
経験的には、部落解放同盟が行ってきたように、飯島さんの学校なり、
地域に押しかけることは可能です。
しかし、それが真の解決になるかは疑問です。
基本的には、この学校、地域に同志を募ることです。
その同志が飯島さんとの固いスクラムを組み以外ありません。
このHPに参加する誰でもが、この地域に住む人なり、生徒なり、先生なりを探し出
し、
飯島さんとのスクラムを組むように努力すべきだと思っています。
ただし、家庭、学校、地域の疲弊は全国的ですので、何処でも、この種のスクラムが
必要です。
BBSではその芽があったと思います。
閉鎖されたのは残念ですが、テーマなりが変わったところでの再開を期待するしかあ
りません。
「第2に加害者の罪の償いを実行させるべきです。」は、さらに進んだ闘いです。
これも部落解放同盟による経験が参考になると思います。
被害者当事者の会の人たちが、加害者からの直接謝罪を含む償い要求を獲得すること
が求められます。
これは、被害者当事者の会の力量にかかっていますし、
その力量はあくまでも、被害者の地域に根差した支援が必要です。
被害者当事者の会で蓄積された実名情報のもとでの木目の細かな闘いが要求されま
す。
当然、実名報道の埒外です。
この時には、やはり、弁護士の支援がどうしても欠かせません。
即ち、法廷闘争も辞さずの構えが必要になります。
法廷闘争は地域を離れる闘いです。
被害者が地域から孤立しない様にしなければ、法廷闘争は戦えません。
「第3に、こうした行為が実現しないときには、法を犯しても加害者の実名を公表す
べきです。」は、
その闘いがエスカレートせざるを得ないことを示します。
どちらかというと破れかぶれの感がありますが、某雑誌某記者(今は思い出せませ
ん)のように、
あえて、法を犯し、法の問題点を明らかにする必要もあることです。
破れかぶれでないためにはさらに、地域の支援が必要です。
あくまでも、重要なことは、家庭、学校、地域で起こった問題は地域でしか
解決できなないということです。
それ以外に、第2、第3の事件を防止する方法が無いということです。
あくまでも、被害者を孤立させないための筋道が描かれるべきで、
例としてあげた某記者の問題は、詳しくは私としては、マスコミ暴挙と思いますが、
被害者とか、地域に根差しているならば、闘いとしてはあるべき姿と見ています。
経験的には、正義の闘争は正義の闘いであるが故に法を犯さざるを得ないことが多々
あります。
その正否は歴史が決めることであって、法が正否を決めるわけではありません。
結果として、法が整備されることはあっても、何より大切なことは、
現在の我々の行動が歴史として正義であることの確信が必要です。
  本当は第4の道があります。地域を放棄し、地域を攻める闘いです。
国と国との闘い(戦争)はこの延長線上にありますが、最終手段であり、とるべき手
段ではないと思います。
あくまでも、私が提示するのは筋道です。
こうした筋道が無視されようとも構いませんが、
尋ねるべきは、そのことが、被害者の当事者を救うことは出来ても、
第2、第3の被害者を作り出さないと保証になりうるかということです。
  少年法の改正であっても、この筋道を外しても、帰ってくるのは、
家庭なり、学校なり、地域が疲弊するという点を危惧します。
とりあえずは、実践的には、もっとも実現し易い問題として、
このHPが第1のステップを踏めるように飯島さん支援に努めることのように思えま
す。
  最後に、誤解なきように言いますと、私は被害者・加害者が共に少年たちであるが
故に、
その真相に迫りたいし、であるが故に、被害者の側に一方的に立つことを避ける積も
りです。
  もちろん、これが少年でない場合には違った立場をとるでしょう。
  ですから、加害者からの真摯な言葉を知りたいし、
知るまではその言葉のあることを信じたい。
そして、被害者だけに任を負わせるような絶対にないように筋道を描いております。
この筋道が描かれないとして、
はてさて、何を持って、支援の行動の指針とすべきなのかがむしろ、分りません。
  被害者はこの時、今も増え続けています。被害者の癒しも重要ですが、
第2、第3の被害者を作らないことも重要です。
ゆうき君の尊い命は、第2、第3のゆうき君を作らないとの強い意志でもってしか、
癒されないと思いますと思いますがいかがでしょうか。
                                      志田  糺