少年法改正が滞りなく成立した。
趣旨は低年齢化と厳罰化、裁判官の複数制の導入である。
要するに憲法賛成派が改正賛成に回り、そうでない派が反対に回った。
少年保護主義の壁が一歩破られたことで、賛成派は成功を収めたといえよう。
5年後の改正はありうるとした付帯規則は、被害者配慮の改正が5年後を待たない
と出来ないという尾鰭さえついた。
被害者の立場に立って、少年法改正を訴えてきた人々は今後どうした活動を継続されるのであろうか。
また、逆に、少年の保護、育成を前提とした少年法改正反対を訴えてきた人々はどうすれば良いのであろう。
ここでの両者は、被害者支援の気持ちに変わりはない。
両者は、同じ立場に立ちながら、意見を2分し、
実際の法改正は前者は一部勝利、後者は完全敗北といって良いと思う。
たとえ、闘いは終わっていないといっても、国民の代表機関である、国会での議決は重い。
不用意に法律反対は出来ない。
5年前の改正案の提出は、実現可能性からみれば、期待薄であり、
これ以上の状況が生まれないと駄目だろう。
これ以上の状況とは何だろう。
1) これ以上に憲法改正気運が高まることになるだろうか。
それは少年法改正の方向には向かないだろう。
憲法改正にとっての障壁は外されたので、残っているのは自動福祉法かもしれない。
2) これ以上に少年犯罪が増えることであろうか。
そうではない。国民的世論は十分、少年犯罪を喚起しているし、
このままでは少年犯罪が急速に増えおることはない。
少年法が改正されたから、少年犯罪が減ったということもない。
3) 被害者の声が更に大きくなることであろうか。
それは必要十分条件であるが、明らかに少年犯罪に限ったことではない。
その流れでは、別のルートが開かれると思われる。
私の予想では、新少年法が改正される必要は無くなったように思える。
というよりも、新少年法改正を訴えるには、今まで以上の努力と熱意が必要である。
特に、被害者を支援するための新少年法改正の前途は厳しい。
新少年法の成立で、従来の少年法改正の立場は、賛成派の立場はどうなるであろうか。
改正賛成派にとって、被害者の支援のためにはやはり、新少年法改正は必要かもしれない。
反対派にとって、新少年法に少しでも少年の保護がある以上、
法を守るという立場とは別に、新少年法であっても守らなければならない砦かもしれない。
とすると、賛成派、反対派の今までの構図は変わらないのである。
可笑しな話であるが、改正反対派にとって、新少年法をもとに戻すということは、
日本の社会が変わる以上に難しいことである。
いずれにしても、この成り行きについて、両者は総括をしておかねばならない。
被害者の実状は裁判上の手続を覗いては何等変化していないのである。
一方で、少年擁護の精神は一歩後退したのである。
少年であり、容疑者であっても、大人と同じに裁かれる道が開かれたことは、
少年犯罪の難しさ故に、冤罪を生み、少年の心の閉塞を拡大する可能性は増大した。
今でも、少ない予算の中で、少年裁判所に所属する調査官の存在すら危なくなる可能性がある。
彼らの任務がどう縮小されるのかも1つの課題である。
いわゆる、少年ということでの、手厚い保護という観点は遠のいた。
手厚い保護ということで、調査官に課せられた任務は、その意識とは関係なく、軽視されるかもしれない。
そのことで、今は水面下にある、少年に対する予測検挙による被害の増大に対する、
国民世論の盛り上がりすら、当然、検討されるべき課題である。
しかし、どんな困難があろうとも、少年犯罪を防ぐための日常的な努力は、
日本の未来を明るいものにすることだけは保証できる。
法による規制ではなく、大人達が、少年に期待するメッセージを伝えつづける努力こそ大切である。
逆に少年達がそれを感じ取るまで、凛とした大人達のあり方を問うべきである。