TPさん
極めて厳しい視点を提供くださり、ありがとうございます。
「被害者を生み出さないように、被害者や被害者の家族をどうすれば守れるのか。」
特に、被害者の家族を守るという視点での展開が、私の議論では回避する傾向にあります。
そのことが、「何故か、あるイデオロギーで、憲法改正だの戦争だのといって、
あるがままに見ず、イデオロギーで、抽象的に判断しようとする方」は間違いの根本です。
私もまた、そうした展開を注意をしている積もりですが、もしかしたら、そうでない
議論に踏み込んでいるのかも知れません。
少なくとも、少年法改正ではなく、被害者法の改正は被害者の利益を守れるのではと思います。
しかし、被害者の家族を守るとことについては、この法律だけでは単に1つの具体性だけ、
解決にはならないでしょう。
確かに、少年法改正による、厳罰化は加害者を野ざらしにしないと言う方策になります。
KUさんが言われるような加害者を野ざらしにすることを防いでくれます。
しかし、いずれ、彼らも殺さない限りは、帰ってきます。
どんなに、厳罰化が進んでも、殺人=死刑または無期とはなり難いと思います。
しかも、出所した人間が改心するなど少ないです。
基本的には、更生プログラムとしての家庭、学校、地域のあり方が問われます。
私たちは、当面の対処法としての法の改正を迫る事が出来ます。
しかし、当面の対処法で、本当に被害者救済ができるのでしょうか。
また、被害者を守ることが出来るのでしょうか。
法の改正は具体性があるようにみえますが、かつ、特効薬のように見えます。
しかし、法の改正は日本中の人々が適用される法律の改正です。
被害者の主張だけが、法の改正に向かうことは避けねばなりません。
法は100年の計です。
軽々しく、変えれるものではなく、変えるとなれば、それなりの利害が働きます。
そうした利害の調整は、国会で行われます。
被害者の声が大きければよいと言うものではないと思います。
問題となるのは「当事者以外は被害者を守れるか」という1点です。
家族であれば、ゆうき君の通った学校であれば、地域であればという願いは悲しいものでしょう。
それでは何が出来るのであろうか。
ここでは、ゆうき君の問題をいろんな観点から、考えてみたいとうのが実状です。
私はゆうき君の家族が勇気ある人々と思います。
このHPがそれを物語っています。
しかし、その勇気を無駄にしないためにも、多くの人々がこのHPに参加することであると
思っています。
一方的な意見では無しに、あらゆる観点からの意見が存在して、
その全ての視点から、納得のいく、「明日は第2のゆうき君の不幸を作らない、
作らせない」、という決意をしていくことが必要であると思います。
この決意は世界中に伝わって良い。
この決意が、ゆうき君を殺害した10人の加害者、そして、その親、その地域、
その学校までもが巻き込まれるまで、拡大するのがよいと思っています。
必ずや、このHPの声は彼らに届くことを確信しています。
このHPの声が、彼らに届くようになるためにも、
限りなく議論を続ける、議論を続ける人を増やす。
そこには、誰であろうが、どんな人であろうが、参加できる環境が大切です。
改めて、私の議論が、憲法に触れてしまったこと、戦争に触れてしまったこと、
たとえ、私の視点であっても、イデオロギーであるとの受け止め方をされたのであれば、
反省するしかありません。
今後の議論展開における、反省材料として使わせていただきます。
                                         志田  糺


家伊勢はもうすこし、
具体的に、反対のための反対でない議論をして欲し
いと思います。
         横浜市 TP