過日、テレビでこのHPを知り、何度かメールを…と思いつつ余りにも心が痛み、半年のもなろうかと、現在にいたりました…
私は2人の息子を持ち、現在は各々成人しています。
まだ、息子たちが10代だったころ、いろいろな事件、特にこのような殺人事件に接するたびに、
主人共々世間一般、世の中のしくみ、そして状況の憤りを実感し、現在も何ら変わることなくもちつづけています。
それは、人を殺した人間は、理由に拘わらずすべて【極刑】に処すべきだ、と。
人の命はそれ程のものだと。
将来の更正だとか云々言うけれど、そんなことはすべて帳消しになる罪も存在する、と言うこと。
きっと、こんな意見を言うことは、当然様々なお叱りや多方面からの反発があると承知したうえで、なお、意見は変わりません。
逆の立場になったとして、我が息子が人を殺した…その場に直面したら間違いなく、この手で息子を殺し、私も死ぬ。
そして、息子の命を絶つのは、誰の手でもなく、法的な裁きの手でなくこの手で、絶対この手で。
夫婦とも同意見です。我が子を育てるのは親である私たち夫婦の責任ですから。
また、殺された場合、『私は殺した相手を間違いなく殺す。貴男は殺人者の夫になるけど・・』
黙ってしっかり頷く主人がそこにいます。
私はこんなことを言って、息子さんを理不尽に奪われたご両親に対し、そうすべきだ、と言っているのではありません。
子供を持ち育てる、ということは、そういうことです。
【少年法】をとやかく論じるほどの知識はありません。
人がなんと言おうと、世間の仕組みがどうあろうと、親というものはそういうものだと。
そして、そういう一念が今後の人間界の将来を担って行く人間を育てる、と私は思うのです。
究極の『親バカ』が人類を引き継いでゆく人間の本質だと考えます。
そんな本質が薄らいでゆく行く手にこのような許しがたい事件が起きる現代社会を
人類全体の基本である、『家庭』がどう考えて子供を育ててゆくのか。
最大の課題であると同時に、必要なことでしょう。
我が子の人間性を正しく育むこと。それは親として当然のこと。
『人の物を取らない』 『人をいじめない』など等、
簡単なことです。
学歴社会は子供の心を蝕んでいる、というけれど、親が見栄を捨てればいいのです。
その子が向いている方向性を親が見つければいい。
乱暴をはたらかない、は家庭内に自分より小さい生き物と接する環境を作ることでほぼ解消されます。
書きだせば、いろいろなことが私の中に沸きあがってきて、自分でも押さえきれなくなってきます。
人間としてより、【親】として、ご両親の悲しみ・怒りはいかほどのものか、当事者でなければ到底分かりえない想像を絶するほどの思いがあると、思います。
でも、私は湧き上がる憤りを禁じ得ません。
【頑張って!】と伝えるのは余りにも心が痛みます。
今までメールできなかったのは、どうこの気持を伝えたらいいのか、伝える言葉を私は自分の中に探しあてることができませんでした。
今も、探し当ててはいません。でもなにか伝えたくて、そして、このHPを運営なさってゆく時間経過が
少しでもご両親の心の傷から吹き出る血潮を、かさぶたに変え、傷の形を変えていくことを、心から祈って・・・・・
PS.なんだか取りとめのない文章になってしまいました。また、説教がましい文章にもなったかも知れません・・・・
済みません・・・・でも、お元気にお過ごしください・・・・怒り・憤りを生きる力にしてでも・・・・
東京在住 山本